梅雨が明け、本格的に夏が来た。
教室の空気はすっかり夏に塗り替わっていて、じとりとした不快感はそのままに気温だけが鰻登りで上がっている。
あの日胸に落ちてきた気持ちは、まだ上手く言葉に出来ないままだ。不安定で、勇気だって足りていない。それでも、日直を手伝ってもらったあの日以降、トウヤを目で追う回数だけは確実に増えていた。
――だからといって、何かが変わった訳じゃないのだけど。
不意に広がったざわめきで意識が引き戻される。顔を上げれば、担任が席替えの話をしているところだった。空気が沸き立ち、浮ついた声が教室中に溢れていく。お祭り騒ぎになっているクラスメイト達を窘めながら、先生は正方形の箱を取り出した。
くじ引きを終えた人数が増えていくにつれて、教室のあちこちから楽しげな会話が聞こえてくる。隣になったもの同士の挨拶だとか、サボりやすくてラッキー、なんて笑い声だとか。そんな会話を聞き流しながら、私もくじ箱へと手を突っ込んだ。
がさがさと軽く掻き回し、適当なものをひとつ選ぶ。三角に折られたそれを広げれば、中央に"32"の文字が印刷されていた。座席表を確認しぐるりと教室を見渡す。今の席が窓際の後列だから……、と移動先を探し当てたところで、あまり大きく移動しないことに気付き少しだけ肩が落ちる。
「どうだった?」
荷物を移動させていると、丁度くじを引き終えたらしいトウヤがすれ違いざまに私を引き止めた。あんまり変わらなかったかな。そう言って移動先へ目配せを飛ばす。
「……。ふーん」
「何よ、その顔」
「別に?」
含みのある笑みを浮かべたまま、トウヤは自席へと戻って行った。小さく首を傾げながら、私も新しい席へと荷物を運ぶ。
身の回りをある程度整え終えた頃だった。
「へぇ。案外寝てもバレなさそうだな」
クラスメイトの大移動が終わるのを手持ち無沙汰になりながら待っていると、斜め後ろからなんとも不真面目な言葉が飛んでくる。声を辿るように顔を上げれば、いつの間に来たのか、トウヤが私の隣で教卓までの視界を満足そうに眺めていた。
「サボんないし。ってか何しに来たの?」
移動中にわざわざ人の席の居心地を見に来るなんて思えなくて、けれどいつまでも移動しない幼馴染へ不信げな視線を投げる。それでもトウヤは気にする様子もなく、抱えていた教科書を適当に机の中へと突っ込んでいく。
「何しに来たもなにも、俺の席ここだし」
全ての荷物を片付け終えた後、トウヤがポケットから1枚の紙切れをつまみ出す。白い正方形の中心には、私が引いたそれと似たような番号が記されていた。
教室はまだ席替えの途中。教室のあちこちでは賑やかな声が飛び交っていた。それなのにやけに鮮明に、トウヤの言葉だけが耳に残る。まるで、周りのざわめきから切り離されてしまったみたいに。
「席、近くなったな」
目を細め、あの時と同じ穏やかな瞳でトウヤは静かに微笑んだ。
この前零してしまった私の一言に対してなのか。それとも――。どういうつもりで言ったのかなんて、そんな事聞ける訳もなく、私はただ小さく頷くことしか出来なかった。
「ってことで。よろしくな、お隣さん」
「……、寝てたら起こすからね」
開け放たれた窓から夏の風が吹き込んだ。熱を孕んだ空気はカーテンの裾を揺らし、私の頬を撫でながら抜けていく。
火照った体温は少しも下がる気がしなかった。