遺骨と昔話

 台所の引き戸から一升瓶を出してきた。徳利へとゆっくり注いで、沸騰した湯の中へそれを沈める。
 ナマエが亡くなってから今日で一週間が経った。一人でいるといろいろと彼女の事を思い出してしまうから、出来るだけおばさんの手伝いを進んで名乗り出た。それでも夜は一人になるので、焼酎を一合だけ飲んで寝るようになった。さっさと寝てしまいたいのに全く寝る気になれず酒の力を借りてしまっている。彼女からは怒られてしまいそうだが、如何にかしてでも一人でいる時間を極力作りたくなかった。
 ナマエはお酒をよく飲む人だった。熱燗が好きで、わざわざ湯を沸かして温めていたのを思い出す。レンジは手軽だけど、こっちの方が香りもよくて何より風情があるでしょう?とこの台所で言っていた。
 他にもたまにこの家に食事を作りにきた。放っておくと何も食べずにいるから心配なのだと、ナマエの家で採れた野菜を持ってきてはこの台所に立っていた。僕はそれを横で眺め、たまに野菜を切るのを手伝ったりなんかもした。
 そのうちに、人の家の庭で勝手に野菜を育て始めた。最初は夏野菜を育てて、トマトがたくさん採れたよとゲンガーと一緒に喜んでいた。その次の年にはじゃがいも畑まで作られてしまったし、今ではたまねぎや人参なんかも植わっている。世話はいつしかポケモン達が率先して手伝うようになり、楽しそうに水やりや虫ポケモンを追い払っていた。今年はさつまいもを植えて、それを使ってみんなで焼き芋がしたいななんて話もしていた。

「ゲン」

 つんつんと横腹を突かれ振り返ると、心配そうな顔でゲンガーがこちらを見上げていた。いつの間にボールから出たのか、ゴースやムウマージ達も少し離れたところでこちらを伺っている。
 時間が出来ると彼女のことを思い出してしまっていけない。心配をかけてしまった詫びに紫色の頭を撫でてやろうと思い手を伸ばすと、ゲンガーがそれを掴みぐいぐいと引っ張りだした。何か言いたげにこちらを見ては、またぐいぐいと手を引いてどこかへ案内しようとする。素直にそれに従えば、庭に繋がる廊下へと出た。雨戸は先程全て閉めたと思ったが、足元を冷たい空気がすり抜けて行く。不思議思い廊下を進んでいくと、何故か真ん中の扉がひとつだけ開いていた。

「野生のポケモンでも迷い込んだのかい?」
「ゲンガ!」

 そうだと言うように窓の外へ飛び出したゲンガー。後に続き庭へ出るが、ナマエの野菜畑があるだけで他には何も居なかったし物も見当たらなかった。庭の真ん中をぐるぐると漂い必死に何かを探しているゲンガーの姿を見て、彼は僕に嘘をついたと思われてしまうことが心配なのだと思った。

「大丈夫、疑ってなんていないさ。きっと住処に帰って行ったんだろう」

  ゲンガーは何かを探すのをやめ、そのかわり少し寂しそうな顔をした。周りにいたゴース達も何かを伝えたげな表情で僕とゲンガーの間でオロオロとするばかりだ。
 僕はゲンガーに最後の戸締りをしっかりとするよう伝えて台所へと戻った。もしかしたら随分と心配をかけてしまっているのかもしれない。
 鍋に浸かった熱燗はすっかり温くなってしまっていた。もう一度湯を沸かすのは面倒だと思い、仕方なく電子レンジへと手を伸ばした。

「レンジより絶対お湯沸かした方が美味しいのに!」

 レンジのあたため機能を熱燗へ指定して、ふと手を止める。突然台所へ響いたその声は、とても聞き覚えがある幼馴染の声にそっくりで、というかナマエの声そのものだった。幻聴まで聞くほど自分の精神状態はおかしくなってしまったのだろうか。
 そうでなければこんな事あり得ないのだが。恐る恐る、ゆっくりと振り返る。僕のポケモン達に囲まれるその姿は、紛れもなく骨を拾ったはずのナマエそのものだった。

「……、なんで」
「マツバ」

 彼女は少し驚き、そしてすぐに安堵したような表情を見せた。
 確かに僕は家柄や連れているポケモンのおかげか、昔から少しだけ霊感がつよい。しかし、まさか、死んだ幼馴染が化けて出るだなんてそんな事。とうとう僕はおかしくなってしまったのかもしれない。

「びっくりしたよね。私もびっくりした……訳分かんなくてとりあえずマツバの家に来たんだけどさ、ほら、ここって私みたいなのが入れないようになってるじゃん?」
「もしかして、さっさゲンガー達が騒いでいたのも君が居たから……?」
「ゲンゲン」
「庭で困ってたらゲンガーが家に入れてくれたの」

 本当に参っちゃうよね、こんなことになるなんて。そう言ってナマエは困ったようにへらりと笑ったのだった。

「とりあえず、熱燗飲まない?」