ワンダーランド・キッチン

「ねえ綱吉。ちょっといけないこと、したくない?」

 午前一時過ぎの執務室。
 肌障りのいい机の天板がようやく半分見えてきた頃、閃いたとでも言いたげになまえは唐突に口を開いた。
 その提案を、俺の三徹目の脳みそはすぐに理解できずツーテンポ遅れで顔を上げる。五年前の俺になら恐らくかなり効いただろう誘い文句だが、二度程頭の中で復唱したのちすぐに考えるのをやめた。

「あー……ウン。なまえもう寝る?いいよ、ごめんな付き合わせて」
「いや寝ないし。頭おかしくなったわけでもないし」

 ここまで来たら最後まで付き合うわよと、呆れ顔のなまえ。それなら一体何なのだと、目線で続きを促した。

「だからあ!休憩しようよ。ね?それがいいと思う」
「俺まだ平気だし、なまえ休憩してていいよ」
「そんなこと言わないでよボス。そうね……、三十分!三十分でいいから付き合う気ない?」
「うーん、まあそのくらいなら……」
「決まり!」

 よし来た!とやたら高いテンションでなまえが勢いよく立ち上がる。それに釣られるように腰を上げれば、ほら行くわよと強引に背中を押されて、歩くこと約三分。連れてこられたのはアジトの地下にある簡易キッチンだった。
 時刻はもう午前一時。もう二時間程まえなら誰かしらが出入りしているのだが、こんな遅い時間に何かを食べている人間なんて勿論居るはずもなかった。
 
「実はさあ。この前日系のスーパーに行ったのね」
「ああ、あの裏路地の角のところ?」
「そうそう」

 流しの横の小さな丸椅子に俺を座らせ、がさがさと戸棚を漁りながらなまえが話し出す。あそこは守護者の中でもよく会話に上がるスーパーだ。故郷の味が恋しくなるとよくあそこに行くのだそう。それはなまえも同じようで、安売りしていたタイミングで色々買い込んだらしい。
 
「何買ったの?」
「えっとね……お醤油と味噌は山本のお使いで、あとは個人的に日本のお菓子とかいろいろ」
「……いろいろ」
「うーん。ごめん綱吉、ちょっと椅子貸して」

 目線より上の高さにある棚の中を頑張って覗き込んでいたが、絶妙に背が届かなかったようだ。言われるがまま立ち上がると、その椅子へ彼女が当たり前のように足をかけたので慌てて止めた。ひざ丈のスーツスカートでそんなことをするなと窘めるも、何が?と全く意味が分かっていなさそうな返事が返って来て少しだけ頭を抱えてしまう。
 
「何がってお前なあ。もー、一回ビアンキに説教してもらったほうがいいかな……」
「別にそんなに高くないし危なくないじゃない」
「そういう問題じゃないんだよ。ほら、何探してんの?代わる」
「えっとねー、オレンジ色の小袋が多分奥の方にあるんだけど。どう?」

 オレンジ色の小袋って何?お菓子?と質問を投げるが、多分見たら分かるよとそれ以上は教えてもらえなかった。これは……、多分獄寺君のつまみのチーズ。こっちは骸のチョコレートだろうか。プロテインらしきものや麦チョコのストックなんかもあって、なんだこのラインナップはと笑ってしまった。ここは守護者たちの自室に近いから、多分各々が好きに収納を使っているんだろう。名前が書いていなくても誰のものか一目瞭然だ。
 いろいろ漁ってようやく戸棚の奥にオレンジ色の包装を見つける。引っ張り出すと、黄色いひよこの描かれた小袋ラーメンだった。確かに見たらわかる。ああなるほど、これがなまえの言った‘’いけない事‘’。

「あったよ。これだろ?」
「そうー!これ!懐かしくない?食べたくて買っちゃった」
「へえ、こんなのも売ってるんだ」

 お湯をかけて三分待つだけなんていうCMを思い出す。イタリアに来てからというものの、食生活は基本イタリア料理が中心だった。日本食はたまに山本がご馳走してくれるくらい。これを日本食と言っていいのかは分からないが、故郷の味であることは間違いないだろう。
 
「――深夜のラーメン、重罪だと思わない?」
 
 ボスも共犯だからね!と子供のように笑うなまえ。そんな彼女に、卵を二つ冷蔵庫から取り出して裏切るなよと手渡した。