誘惑のスイートタイム
晴天の秋晴れが広がる穏やかな昼下がり。
報告書を提出する為執務室へ立ち寄ると、彩り様々、大きさも様々なラッピングの山に出迎えられた。
扉とデスクまでの直線距離を谷とするなら、その周りはまるで贈り物の峡谷地帯。陽を受けてきらきらと反射する包装紙は綺麗だが、一歩踏み出せば崩れ落ちそうなほどの光景は立ち入るのを思わず躊躇うほどだった。
出直すか否か迷っていれば、箱の奥からがさごそと物音が伝わってくる。きっと部屋の主だろうと思い、やや大きめの声量で声を投げた。
「……あ、なまえ?おかえり」
「出直した方が良さそうです、……かね?」
「いや平気。今そっち行くから」
散らかっててごめん。ボスの苦笑いがひょこりと箱の隙間から顔を出す。箱をかき分け倒さないようそろりと引き抜かれた足は、唯一見えている床へと着地した。
「ただいま戻りました」
「ご苦労さま。何かあった?」
「任務は問題なく」
「任務じゃなくて、怪我は?」
「するような任務じゃ無いでしょう」
相変わらず心配性だ。報告書を手渡しながら、今度はこちらに苦笑いが伝染する。
任務の結果よりも部下の安否の方がボスにとっては大事らしい。かすり傷ひとつでも付けて帰ったなら問答無用で救護室へ直行させられるのにも、もう慣れてしまった。
実際、今回の任務はただのお使い。怪我なんてするはずもないこと、ボスが1番よく分かっているだろうに。そんな私の返事にようやく満足したのか、ボスの表情は今度こそ穏やかに目尻を下げた。
「それより。これ、凄いですね」
「はは……、やっと床が見えてきたとこ」
朝はもっとすごかったよ。年寄りのように腰を伸ばしながら、やや疲れたような顔でボスは言った。
自分の背丈まで積み上がったそれらを見渡すように顔を向ける。中にはブランド物に疎い私でも分かるようなロゴがいくつか混ざっており、それだけでただの贈り物では無い事が伺えた。
何かあったっけ?ボンゴレの創立記念日とか。マフィアの創立記念を祝うというのも奇妙な話だが。一人考えを巡らすが、特に心当たりが思いつくことはなかった。
「何かのお祝いなんですか?創立記念……、なわけないか」
素直に疑問をぶつけてみれば、ボスはぱちりと琥珀色の瞳を瞬かせた。だけどすぐにその表情をくしゃりとさせてくつくつと肩を揺らし始める。
何かがツボったのだろう。だけど何がツボったのか分からない。ただ一人笑い始めてしまった男を前に、私の脳裏にクエスチョンマークが増えていく。
「創立記念って言ったのなまえだけだよ」
「言ってみただけじゃないですか!」
「うん、ごめんって。けどちょっと惜しいかな」
ひとしきり笑い、小さな深呼吸を挟んだボスは意味ありげに微笑んだ。創立記念日じゃないけど、それに近しい事。そう言いたいのだろうか。
「だとしたら、……あ。誰かお誕生日?リボーンさんは昨日だし」
「えっ、なんでお前リボーンの誕生日は知ってるんだよ」
「聞いてもいないのに教えてくれたんですよ……え?まさかボス、今日お誕生日なんですか?!」
知らないですよ!と叫ぶような私の大声にボスの眉間に少しだけ皺が寄る。
秋生まれというのは知っていた。だけどボスのお誕生日なんて、アジト総出でお祝いするものだと思っていたのだ。朝も特段変わった様子は無かったし気付ける訳が無い。
昨日も、一昨日も。その前だって顔を合わせていたのになんで教えてくれなかったんだ。リボーンさんは教えてくれたのに。そう恨めし気な顔を向ければ、あいつと一緒にするなと呆れ顔を返されてしまった。
「隠してたわけじゃないんだけど。まあ、なまえは日本支部に来たばっかりだし」
そもそも、もう誰かにお祝いされるような歳でもないんだけど。毎年断ってるのにこんなことになるし。そうぼやく琥珀色の瞳に影が被る。
なるほど、あのプレゼントの山は同盟ファミリーからの贈り物だったわけだ。
無下にすることもできなくて、かといって人に選別を任せることもできない。そんなところに彼の人柄が垣間見える。結局自室に全て迎え入れ、ひとり贈り物の整理に勤しんでいたのだろう。
「けど、私だって何かお祝いしたかったですよ」
「――あ、ならさ」
少し考えた後、ボスは山の中から小さな缶を引っ張り出す。
「丁度休憩したかったんだ。なまえが付き合ってくれたらオレはとても嬉しいんだけど、なんて」
するすると包装を解いていけば可愛らしいパンプキンが描かれた正方形の缶が顔を出す。蓋の下にはハロウィンの形を散りばめた焼き菓子が詰まっていて、甘い良い香りが鼻を掠めていった。
缶の中身に見惚れていると、私の返事を聞くよりも先に、小さな折り畳みテーブルが谷の中心へ広げられていく。どこにしまっていたのか、イタリアでは見ることのない座布団まで引っ張りだされてしまっては断ることなんて当然できる訳もなく……。
「誕生日、お祝いしてくれるんだろ?」
「……コーヒー淹れてきますね」
ダメ押しのような上目遣いの奥にビードロの瞳と視線が合う。私がこれに弱いこともボスはよく知っているのだろう。
結局、そんなボスの可愛らしいおねだりがトドメとなり、私は簡易キッチンへと引っ込むことを選ぶのだった。
戸棚から高そうなカップとソーサーのセットを二組。それからコーヒーサーバーを取り出して、それぞれに魔法瓶のお湯を半分づつ注ぎ入れながら、ふと思い当たる。
――そういえば、ボスっていくつなんだろう。
東洋人ということもあり、実年齢よりも若く見えているのは確かだろう。実際、同年代だという守護者達に混ざっても、傍から見るとやや年下感が拭えないのはボスには秘密だ。
上司という色眼鏡を外してしまえば、年下の好青年にしか見えないわけで……。先程の上目遣いといい、彼は自分の童顔を自覚して使い分けている節がある。
「ボスって、お幾つになられたんですか?」
ドリッパーへフィルターを広げ、熱湯を少しずつ落としていく。湯気とともに焙煎豆の香りが立ちのぼるのに鼻を澄ませながら、後ろのボスへと声を投げた。
顔だけで振り向くと、いつの間にかクッキー缶の他にマドレーヌやお煎餅といった、和洋折衷にも程があるラインナップがテーブルへ広げられていた。
それを広げた本人はあとは待つだけとでも言うようで、座布団へ腰を落ち着かせ、頬杖をつきながらこちらへ緩やかな視線を寄越す。
「歳?うーんそうだな、」
きょとんとしたあどけなさの残る表情のまま首を傾げ、すぐに琥珀の瞳が糸を引く。
――いくつだと思う?
さっきまでのあどけなさはどこへやら。積み重ねた年輪を垣間見せるようなボスの瞳は、私が知らない色を浮かべて楽しそうに弧を描くのだった。