05
働いている職場でふた月程前から物が無くなり困っている。そうため息を着きながら、幼馴染はお茶請けへ手を伸ばした。
初めは鋏で次が定規。小さな物から始まった失せ物は、次第に大きさを増していったという。最近では、飾ってあった観葉植物や給湯室の湯沸かし器も無くなった。
「そんでね?昨日、ついに休憩室のテレビが無くなっちゃったんだよね」
バリン。大きな音を立てながらお煎餅を齧っている幼馴染へ、それは大変だねと適当な相槌を返す。お店でこれから売り出す予定みたい。そう言って、抹茶塩の試作品と共に顔を出した彼女だったが、どうやらこちらが本題だったよう思えてならない。
そこそこ大きなテレビが無くなった。もちろん今までもこれまでも、誰にも心当たりは無いそうだ。ただ、無くなったものは一週間後に返ってくるのだ。それも何故か彼女の家に。
「なんでまた君の家に?最近ちょっと多くない?」
「わかんないし、心当たりも無いんだけどなあ。でも朝起きたら部屋に例の観葉植物が置いてあって、その……流石にびびっちゃって」
で、とりあえず植物はそのままにここに来た。手ぶらではアレなので実家の茶舗から手土産になりそうなものを持参して。げんなりとしているヤイトの表情から、おおよその予想はこんなとこだろう。
「マツバならなんか分かるかなと思ったんだけど、……どうかな?私何かに憑かれてたり……?」
「憑かれてたらこの家に上げるわけないだろう」
「だよねー」
実際のところ、今の幼馴染からは特になにも感じることは無かった。そもそも彼女に何か憑いていたなら、この家へ入る前にゲンガー達が食べてしまうだろう。
「マツバ、今週暇な日ない?部屋か職場調べて貰えると大変ありがたいのですが……。来週テレビが家に戻ってきたらさすがに困る」
「確かにそれだけ事が大きいと少し気になるね。仕方ないなぁ」
「助かる〜!持つべきものは見える友……」
南無南無だなんて拝んでいる幼馴染へ冷ややかな視線を送れば、彼女はわざとらしくピタリと手を止めた。
「そういえば、タマゴどんな感じ?」
「もうしばらくかかりそうって感じ。やっぱり孵化装置だけだと時間かかるよね」
旧型だから余計遅くて。そう言いながらヤイトがカバンの中へと視線を移す。丸く膨れたその形から、中身は恐らくゴースのタマゴだろう。向かい側から覗き込めば中身が揺れるのが見えた。ヤイトの言う通り、まだもう少しかかる様子だ。
「運動不足だし夜歩こうかなあ」
「タマゴにはそれがいいだろうけど、夜も物騒だからね。通勤で連れ歩くだけでも違うんじゃない?」
「そうなんだけど、仕事中ロッカーに入れっぱなしもちょっと可哀想で」
勤務終わりにロッカー開けたら孵ってました!なんてお互い嫌じゃん。そう言いながらヤイトが湯呑みの中を空にする。仕事柄、人の出入りが激しい職場内へ持ち込むのも憚られるのだろう。
「まあ孵化したらまた連絡してよ。ゲンガー達が幼生期に使っていた道具とか一式準備しておくから」
「助かる〜!持つべきものは、」
「”ゴーストタイプのジムリーダー”?」
彼女が再び手を合わせ始めたので、2回目は言わせるものかと被せるように遮ってやった。苦笑いのヤイト。相変わらず調子のいい幼馴染だ。
*
「これが例の観葉植物かい?」
青々と茂るそれを上から下まで眺めた後、幼馴染はそう言った。その質問に台所からそうだよと短く返せば、マツバの視線は再びその植物へと戻っていく。
本来であればアサギ港のロビーの隅に置いてあるその植物は、ふた月前から続いている奇妙な現象の被害者だ。先週ロビーから忽然と姿を消し、今回も例に漏れずピッタリ一週間で我が家へと戻ってきた。
先日消えたテレビも、きっと来週にはここへ帰ってくるつもりなのだろう。帰ってくるというのか、返されるというのか。兎に角それを何とか阻止できないものかと、今日はこうしてエンジュから幼馴染を呼び付けたという訳だ。
「どう?何か分かる?」
キンキンに冷えた麦茶。それからお茶請けのクッキーを机へ並べながらその背中へ問いかける。マツバからの返事は無かったが、瞼が降ろされた横顔から”みているな”と察しが付く。
彼の足元にじゃれているグレイシアを邪魔しないのよと窘めて、一足先にクッキーへと手を伸ばす。先週ふらりと帰ってきたもう一人の幼馴染は、カロス土産だとこのクッキー置いて今度はガラルへと旅立ったらしい。昨日母からそう聞いた話なので間違いない。
私の手が三枚目のクッキーへと伸びかけたタイミングでマツバが小さく言葉をこぼす。なるほどねなどと独り言を幾つか続け、原因が分かったよと振り返った。
「一応聞くけど……それ、私も聞いた方がいいやつ?」
「別に怖い話じゃないよ」
分かりやすく身構える私へマツバはそう一言断り、あのねと話へと続けていく。
「多分だけど、ユンゲラーの仕業じゃないかな」
「……えっ?ゴーストタイプじゃないの?」
驚く私に麦茶のグラスに口をつけながらマツバが頷く。続けて飛んできたのは、戻ってきたポットは使えているのかなんていう突拍子もない質問だった。
確か、ポットは結局電源が付かなかったのだっけ。古い物だったし無いのも困るので、戻ってくる前に新しいものへ買い替えてしまった。そう答えればやっぱりねとマツバは再び頷いて、ユンゲラーで間違いないよと言い切った。
ユンゲラーがとても強いパワーを使える事はポケモン図鑑で読んだことがある。その強いパワー、もとい超能力を使う際にアルファ波というものが発生し、家電を壊してしまうというのは昔からよくある話だった。特にフーディンへの進化が近い個体は力の制御が上手くいかない子もいるんだとか。こっちはミナキから聞いた話だ。
「賢いポケモンだからね。力を暴走させるような事は滅多にないんだけど、稀にいるんだよ。もしかすると近くに進化しそうな個体がいるんじゃないかな」
「けど、フーディンって通信進化じゃなかった?」
随分前の話だけど、ミナキのところのフーディンの進化を手伝ったのは私だ。あの時もユンゲラーが力を持て余すようになり、それなら進化させてキャパを増やしてやればいいという話になったのだ。
これは僕の予想なんだけど、とマツバは続ける。
「野生だと進化出来ずに力を持て余してしまうんじゃないかな。それがたまたまアサギに迷い込んでしまったか……、近くに住み着いていたとか?」
考えられるのはこのくらいかなとクッキーをつまむ幼馴染。
てっきり私は今回もゴーストポケモンの仕業だと思っていたのだ。それなのに予想すらしていなかった名前が出てきたものだから少し拍子抜けしてしまった。
「そっかあ。ユンゲラー……」
「ゴーストポケモンのが良かったみたいな口ぶりだな」
「だって、まさかユンゲラーだと思ってなかったし」
「忘れているみたいだけど、なんで君の家に返ってくるのかはまだ解決していないんだからね」
すっかり呆けている私を見兼ねて、マツバが釘を刺すように言い放つ。とは言っても、原因となっているユンゲラーを探し出せば全部解決するんじゃ無いのか。案の定そういう顔をしていたらしく、私が口を開くより先にマツバは呆れ気味に切り出した。
「全部ここに返ってくるんだろう?どう考えてもおかしいだろう」
「おかしいの?」
「おかしいの」
これまでの経験を顧みれば、大なり小なり何かしらゴーストタイプとの接点が多かったように思う。先日の偽マツバ事件だってそうだった。
それが今回はエスパータイプだという。街の中にポケモンが迷い込んだなんて話は聞いていないし、迷子の捜索願いだって出ていない。そういう地域に向けた案内はアサギ港の掲示板にもタイムリーに張り出される。
あれこれ考えてみたが、直近の出来事にはやはり思い当たる節が無い。それならば、と今度は自分の中の過去の記憶を辿っていく。
「私が昔会ったことのある……、あっ」
「あるのかい?」
「いや、」
あるというか、なんというのか。上手く言葉に出来ず口篭る。
「……もし近くに野生のユンゲラーがいるとして。この家を“安全な場所”だと思ってる可能性って、ある?」
形になるよりも前に思考が自然と零れ出る。 的外れな事を言っていないかなんて不安が渦巻く胸の内だが、その隅ではそれこそが答えだと感じていた。
冷えたグラスへと手を添えながら、そろりと横目でマツバを伺った。クッキーへと伸びた手を止め、彼はほんの少しだけ驚きの色を浮かべて見せる。だがそんな表情もすぐに奥へ引っ込み、藤色の瞳は穏やかにほどけていく。
グラスの澄んだ水面をなぞるように、こちらを見透かす柔らかな笑みを浮かべるのだった。